「間違った旅路の果て」
例年どおり、2日にわたって箱根駅伝のてれび中継を見てた。中継が始まって学生達が走り始める前に圧倒されたCMがふたつほどあった。いきなり「わたしたちは、声援を送らない」という語りで始まるSECOMのCMと、BUMP OF CHICKENの「ロストマン」を配したサッポロビールのCM。
ロストマンが流れるサッポロビールのCMは2種類あって、ひとつは設楽、ひとつは大迫、というひとつの時期を代表した学生(当時)にスポットを当てていた。ランナーは結局はひとりであるという側面と、一緒に目標を追った存在があるという側面と、切り口は違えども、結局着地する場所は同じだったのかもしれないと思った(だがやっぱり設楽編のほうが響いたのはなぜだろう。あの啓太氏のインスタゆえだろうか)。
そして手許のロストマンを再生しながらこのエントリを書いているのだが、ちょうどきょう、8区を走った東海の小松選手(金栗賞おめでとうございます)の出身校が「東海大四」って出て、あれっこの年まではほんとに四高なんだーと言いながら、サンガイアの留萌合宿で元さんと一緒にしゃしん撮りましょうって撮ったあの代かと気がついてしゃしんを見ていたり、そこからだんだん脱線して2年前の今頃撮ったしゃしんをじーっと見ていたりした。8区は東海と東洋が競り合っている間に後ろから青学と思いきや、東海がスパートしてタイム差を拡げ、そのまま優勝まで至った。往路優勝と復路優勝と総合優勝が全部違う、というのは近年の記憶にないし珍しいしみんな違ってみんないい。である。
箱根駅伝をずっと見ていて思ったことは、ああこのロストマンが流れるCM、ことしの正月でよかったなあということである。本格的にしみじみそう思った。自分の中にちゃんと句点が打たれた状態でこのCMを見られたというのはほんとうによかった。これが1年早かったらどうなっていたことか。
どうしても、1年前の今頃のことを思い出してカラダが固まってしまうこと、未だにあるのだ。
そして、そんなことあるわけないだろと思っていたようなことが、実現してしまうこともあるんだということに、更にしみじみ感じ入っていたのだ。
そんな年の初め。
本年もよろしくお願い致します。
はてなから「はてなブログ開設から1年経ちました…」などというメールが届いていた。そうなのだった。きょねんの今頃、移転後初めてのエントリに苦心していたのだった。1年経って100記事書いた今、馴れているかどうか…は、よくわからない。
起伏の激しい2018年だったが、トータルするととてもありがたいくらいに充実した年であって、そこから2019年にひとつでもおおく持って行ければという気持ちの中にいる。ことしは幸いもうちょっと休みが続くので、その間に一定の方向性がつくれたらいいなあという感がある。ものは試しと概ね7-8年くらいぶりにほぼ日手帳に戻してみた。だからどうなるではない。早速マス式のカレンダーのところに万年筆で絵を描いた。ん。
書きものといえば、数ヶ月以内に直面しそうな案件がある。シゴトバで暫く無印良品のA5横罫ノート(100枚)を使用しているのだが、これの補充ができなくなったような気がする。ファミリーマートに置いてあったのを買っていたのだが、近頃これがファミリーマートに置いていない。無印良品のショップにはもともと無かったらしい。案外これの代替がそーね代替ねーという感じになっている(なんだそれ)。うーむどうしたものかと。スパイラルノートって遣っているうちにはりがねがまがってきたり紙の穴が破れたりするし、どうもずっと遣って行くには向かないんだよなあと。
とにかく、何にせよ、手に何かを持って書いたり描いたりするところから思考を進める人間なんだなあ、ということを、自分に対してはしみじみ思うのである。なんかええものないかなあと(予算をうpすればあるのかもしれないが。
きょうは昼くらいまでニューイヤー駅伝を見るでも見ないでもなく流しながらラクガキをして、それから散歩を兼ねて近くまで行って帰ってきた。サッカー天皇杯の決勝はきょうではなかった。20年前のきょう、フリューゲルスがおわったのだった。早いモノである。
本年もふらふら流れているのだろうなあと。どうぞよろしくお願いします。年明けの飛び始め、ことしは春高ではない予定。
2018年11月10日という忘れられない一日
大晦日も押し迫ってことしも残すところあと2時間を切ったところで唐突に書き始める。書くタイミングとしてはかなりギリギリだけど、この日があまりにも濃かったうえに、そのあとも濃い時間が続いていたことを、年のおわりに書き残しておきたいと思った。
なんとなく、この日は「重なりそうだ」という予感はあった。新生V.LEAGUEにおいては、V2とV3がこの日を開幕日とした。一方、北海道の大学1部リーグはこの日が最終日となった。
重なるというのがわかった7月に、ついったーで思わずアンケートを採ってみた。
わたくしの11月10日はいずこ(予想)
— でぐちきり (@dhalmel) July 23, 2018
上2つはほんとに迷ったんだってば迷ったんだって。迷わず決めたけど迷ったんだってば。なぜならば、その開幕日は、ただの開幕日じゃなかった*1んだもの。
だがしかし、わたしは11月10日の夜遅くに新千歳を発つ飛行機を取った。つまり、夕方ギリギリまでは札幌にいよう、ということにしたのだ。
11月10日の会場は東海大学札幌校舎、TOKAI ARENAだった。男女各1コートで5セットマッチが4つおこなわれる、わかってはいても濃厚な1日なのである。試合開始1時間近く前に会場に着き、まずは男子側のコートのエンドに陣取った。見る度に「エンドから見たい」と思うチームが出てきたからだ。
それが今回初めて1部挑戦になった小樽商大で、同じ2部でしのぎを削り、2部を制して入替戦に出てきた北大との対戦であった。どちらにも応援団がいて、それぞれの応援合戦が活発におこなわれていた。ここで樽商が勝つとなるとこの入替戦は大混戦になるところだった。北大が先制して樽商が1セットを返し、そこからどういう展開になるかと思ったら、以降は北大がすっかり落ち着いた展開と相成った。後から気がついたのだが、北大は1セットを先制した時点で1部昇格が決まっていたということである。
北海道大学 3-1 小樽商科大学
(北大1部昇格、樽商2部残留)
この時点で男子の1部枠はあとひとつ。もちろん第2試合の勝敗次第なのだが、北星がぐいぐいっと1部残留へ近づいた感触はあった。実はこの試合は半分くらいだけ見た。女子コートでおこなわれていた北海学園の試合を見ていたからだ。
北海学園は暫く2部にいたが、春季リーグで入替戦を突破し、久しぶりの1部を戦っていた。4年生がいっぱいいて、それぞれにこの場にぶつけているのを見ていて、だんだん応援に熱が入っていっていたのがわかった。その戦いを見届けて(というか交互に行き来しつつ)、男子の第2試合を見て、という感じになった。男子の第2試合は北星がストレートで勝ち、1部残留を決めた。来年も北星を1部で見られるのはとても嬉しい。そして、春から多くのメンバーが入れ替わった科学大は2部となったが、そこからのチームの巻き返し、仕上がりをたのしみにしていたい(たぶん2部にも行くのだ)。
北星学園大学 3-0 北海道科学大学
(北星1部残留、科学大2部降格)
第2試合が終わったらそのあとの2試合は上位リーグである。第3試合開始前、コートに両方の選手が出てきたときの緊迫感と高揚感は言葉にしようがなかった。
北海道には全日本インカレの出場枠が3つしかない(女子は4つ)ので、この時点で、まだ出場する大学が決まっていなかった。抽選は終わっていて、トーナメント表は出ていたのに、である。第3試合に勝ったほうが全日本インカレに出場出来るのである。この日は冒頭に書いたとおり旭川も開幕戦であったが、勿論監督とコーチはこちらに全力であった、その北海学園にもその枠を突破して欲しいと思っていた(ことしこそ、わたしも学園も行ける全カレであればいいなとずっと)が、だからといって…。つまり枠が少ないのである。枠が。
北海学園が1セットを先取し、第2セットも競り合った。このセットを接戦の末28-26で北翔が制してからは、しかし、北翔が走った。熱の籠もった試合であったが、最後の最後で北翔の底力が溢れ出た。そういう結末だった。
北翔大学 3-1 北海学園大学
北翔は3位になった。これは「北海道3」に入る(つまり早稲田と緒戦)なのかと思ったが、そうじゃなくて、北海道枠を取得した3つのなかでエントリーが早かった順に1,2,3に割り当てられるということだったのである(そして北翔は東海湘南との対戦となった)。
そしてやってきた。「勝ったほうが優勝」となる第4試合。
実はこの頃ちらちらと、分身を遣わせたかった水郷の第3試合の様子が伝わってきていた。気にはなったが、気にしているどころではなかった。第4試合はがっぷり四つであった。どちらが優勝してもおかしくなかった。フルセットにもつれ込んでからは、ほんとうに膠着状態になった。声をあげていたのと興奮していたのとは何となく憶えているが、ことばにするのがなかなか難しい。
ファイナルセットはデュースにもつれ込んだ。この試合にピリオドを打ったのは値千金のブロックだった。ブロックを決めた大竹はもみくちゃになり、止められた札大鈴木と抱き合って、その後主将より先に胴上げされた。なんともことしの東海であって札大であって、身をちぎられる思いをしつつも、きょうはこの場所にいて良かった、と、しみじみ思った。
東海大学札幌校舎 3-2 札幌大学
この試合が終わった時点で17時を回っていた。閉会式は最初見ていたが、個人賞の発表前にタイムアップになって、あとはひたすら新千歳空港を目指しながら、余韻もそこそこに水郷のサンガイアの様子を気にかけていた。サンガイアが勝ったというのを識って安堵し、飛行機に乗り込めて安堵した。
ことしは春も秋も最終日の翌日に予定を入れてしまい、閉会式のあとのしゃしん撮影もままならなかった。自分はそうであったが、その場所にいらした方のお陰でそのあとの様子がわかって、伝わって、ほんとうに嬉しかった。
なんだかその後突っ走ってしまって、結局この文章も突っ走ってしまって、ではあるが、ほんとうにいっぱい、いっぱい詰まりすぎた日であったことだけは書き留められたのかなと勝手に思っている。
北海道の大学リーグには、こんなに濃密な日があったのだ。
既にそれぞれの大学は代が替わり、あたらしい一歩を踏み始めるひとたちがいる折、それぞれのなかにボールがおおきく存在しているような、そんな時間が続いたらいいなと思っている。もちろん、わたしにとっても。
※あげ切れていないしゃしんがあったのだ。いっぱいあったのだ。何らかの形できっと。→20190101 ほんのちょっと追加
本年記事総括2018
雪が降っています。割とあたたかい大晦日です。
元日にはてなダイアリー→はてなブログへの移行をして、それから1年経ちました。馴れたんだか馴れていないんだかよくわかりません。そしてFlickrというかしゃしん編集がまるっきり追いついていないのでことしはそちらのほうは割愛せざるを得ないかもしれません。
はてなブログに移行してみてまず、あ、最近目に見えて投稿が減ったなあということに気がつきました(遅いです)。ことしはきょねんよりもうちょっとだけでも投稿したいなあと思いつつの1年で、結局エントリ数では微増と相成りました。その前が異常だったのか。はい。
過去の総括(おっ、10年経ってたんだなあ…ブログは来年15年になるす)
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よく参照された記事
年に1度Google Analyticsさんの力を借りるエントリ。そろそろやめるかな。下記に挙げるのはことし書いた記事に限定してみる。PCとモバイルでURLがいっしょになったから確認しやすくなったなあ。とても黄色い感じがします。ありがとうございます。
よくいらっしゃった地域
どういう集計してるかわからないんだけど、大阪からと札幌からが多かったみたいです。
ことし書いちゃった記事
1月から時系列に抜粋してみます。
1月
「どんなシーズンにしたいのですか?」ばなし - /ja あやつる YmrDhalmel
2017/18シーズンは、旧Vリーグ→新V.LEAGUEへの移行前の年で、正直リーグ戦の戦績がその次に繋がらないなかで、それぞれのチームが何をどう模索しているか、見る側も勝手に模索しちゃっていた感がある。そしてリーグがちょっと始まったくらいで来季のライセンス云々のはなしが取りざたされている新V.LEAGUE初年度である2018/19についても、或る界隈で同じような匂いを感じてしまうことがあるんだかないんだかと。そしてこの記事のしゃしんのひとは、新リーグ移行をひとつの区切りにしたところがあるのだなあとしみじみ。
2月
シーズンは終わったのだ - /ja あやつる YmrDhalmel
ホームタウンが初めて迎えたリーグのおわりについて。妙に冷静に。
4月
またね、とは、言えなかった。 - /ja あやつる YmrDhalmel
でも、また、大分には、行きたいです。
5月
いろいろ見届けたくて、総合大会は舵を切るような方向性に。 - /ja あやつる YmrDhalmel
行くプランもあった黒鷲に結局行かなかったので、ゆっくりと地元のリーグを愉しんだ。総合大会は特に2部がたのしかった。
6月
思い出してなきそうになったシーンについてだけ追記する。やっぱり、あのトスでそのアタックが決まって、あげた方も、決めた方も、どちらにもほっこりあたたかいものが溢れるようなシーンを目の当たりにしたときに、なきそうになったんだ。
まさかねえ、また見られるとはねえ(冒頭のしゃしんへ続く
7月
加速。
8月
サンガイアと合宿2018 1日目 - /ja あやつる YmrDhalmel
そしてサンガイアがやってきた。留萌に来たサンガイアのもとに愉快な仲間たちが集まった。あの場所に「バレーボール好きか」という問いは要らない。問いの答えはいくらでも降り注いできた。あの3日間絶え間なかった雨の如く(最終日は晴れてよかったですね)。
つづき
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サンガイアと合宿2018 2日目 - /ja あやつる YmrDhalmel バレー教室とヴォレアス登場
9月
あのとき言えなかったことに - /ja あやつる YmrDhalmel
揺れました。揺れて、揺れました。ものを考えもしました。その節は様々な形でお気遣いをいただきありがとうございました。
10月
ほっかいどうは でっかいどう - /ja あやつる YmrDhalmel
総合大会だったので帯広に行った。コートの外でのこともいろいろたのしかった。
11月
キャプテンハマサキに圧倒され、2018/19のサンガイアへ過熱する - /ja あやつる YmrDhalmel
少々書き手のアタマがいってしまったエントリ。それにしてもキャプテンマークは何処へ行ってしまったのだ。せっかく初めてキャプテン姿を見るのにだ(本音を書き留めておく)。
12月
「スポーツビジネス」「サミット」に行って - /ja あやつる YmrDhalmel
少しずつ整理が出来ていけて、何らかのActionができればとは思っている。ただ、何が出せるのかというと、ちょと躊躇する。だから、まだまだぐらぐらしている。
本年も、たいへんお世話になりました。一旦ブログ閉じようかと思ったところから7年経って、そろそろその話題何周目?みたいな記事もちらほらするようになりましたが、たたかいかたとたたかわない方法を模索しつつ来年もぼちぼちやっていければと思っている次第でごじます。
よいお年をお迎えください。
2018年「活動」総括(後編)
出口季里の棚卸し。ことしは予想以上に機会をいただいていたので、後編にもつれ込んでしまう。やっぱり地元で動いていたのが多かったが年の瀬になって。
旭川のイオンでけーきれーかっけー(2018/5)
旭川駅前イオンのイオンホールでヴォレアスがシーズン報告会をするというので取材に行った。6月だと記憶していたが5月だった。この頃はシーズンが終わって日が暮れて(?)ぼちぼち新しいシーズンに向けての契約が進むだの進まないだのという時期であった。エドの話が興味深かった。記事にはかいつまんでしか書けなかったが。
しかしなあ…このときにV-THEATERの開催日は決まっていたんだから、せめて対戦相手までは告知早めにしててもよかったものだになー。
V-THEATERにいろいろもの思うた(2018/8)
書きたいことはほぼ記事の中に書いた。
ホームゲームとは何であって何でないのか(2018/12)
昨日公開完了のインタビュー取材をこの大会の土曜日に指定いただいたことも相まって、みよし大会のゲームレポートを書き、取材時のしゃしんはピックアップしてフォトギャラリーに展開した。
このホームゲームの姿がひとつの回答であるとすれば(実際そうなんだろうし)結局新生V.LEAGUEとやらの向く方向はどちらなのだろうか。いやいろいろなものが美味しかったからいいのだ。あれ。
新主将に聞くも無事前後編完了したので、3年後に検索しやすいように(?)ここにリンクを貼っておく。牛丼が食べたくなったのは置いておく。
創世スクエアきれーHTB新社屋かっけー(2018/12)
まだ答えどころか問いも途上。あくまでもバレーボールマガジンに載せる記事だったのでバレーボール絡みのところだけを切り取ったが、それ以外の部分のほうがかなり分厚い時間であったことは確か。わたしは行けなかったが翌日の旭川も。書きたかったことはほぼブログに書いた。
よいお年をお迎えくださいの前にたぶん何回か書く。来年は書くことから何をどう進めていけるかについて、ちょと考えを進めてみたい。