ライセンスとリーグ参戦



お久しぶりです。エントリは約3年ぶりでございます。
バレーボールの国内リーグ、SVリーグもVリーグも、このシーズンが終わろうとしています。
今季はVリーグのホーム開幕週、SVリーグのレギュラー最終週、各1回の観戦、と相成りました。来季は倍は行きたいなあと思っております(自宅から行けるとなると行けなくなるの法則…それすらも、いつか夢見た光景だったのかもしれませぬ)
諸般の事情により奇数の月はけっこうばたばたしておって、そこに仕事のピークだの展示の準備なども手伝って、ようやく落ち着いた4月になって、唐突にバレーボールを見に旭川へ向かいました。
3月にSVリーグライセンスの判定結果(第1回)が出て、その中で、北海道の2つのチームがSVリーグ参入の微妙な局面に居りました。今季SVリーグを戦っているヴォレアス北海道は、ライセンス取得には財務上の重要な課題を突き付けられ、一方VリーグからSVリーグを目指す北海道イエロースターズ(以下イエスタ)は条件なしでSVライセンスを付与されました。
4月に入ってヴォレアスが広範囲に向けて支援を呼びかけます。わたしは久しぶりにヴォレアスが試合会場で販売しているはちみつ(など)を購入することにして、通販サイトからぽちっとしたのですが、あれ、こんどの週末最終節じゃないか、土日どちらかであれば行けるのではないか…と思い立ち、チケットを急遽おさえて(試合3日前にしてはすさまじく良席でした)値上げしたばかりのJRに乗って旭川にまいりました。
そこで見られた堺ブレイザーズとの試合、ぱっと言葉が出ないくらい、いち観客として、堪能しました。声出なくなりそうでした。わたしが見た土曜日と翌日曜の2日間、ヴォレアスは熱と愛の溢れる10セットを経て、ふたつの勝利を手にしました。
SVリーグライセンスの判定結果(第1回)を報じる地元メディアの反応が、当初から気に懸っていました。既にその時点で「ヴォレアスか、イエスタか。両方がSVリーグにという道筋はなく、どちらかである」という見解を記事にあらわにしていました。「ヴォレアスが課題をクリアすればヴォレアスがSV。イエスタがSVで戦えるのは、そうじゃない場合だけだ」今となってはそこがどうにも解せず、解せぬまま、です。そもそも最初の記事からして、両方SVにいて、SVで北海道同士の対決を見せる。そのことを、地元メディアが、見るものが見られる選択肢から外しているという光景が、どうにも。北海道のチームがふたつになって、寒冷期が多いリーグの運営に支障がある、というのを、何か別のことばで包む界隈があるのだろうか、という穿った気持ちにもなるような。
旭川でヴォレアスを見た頃には、財務上の課題はクリアしつつある、という状況に加え、その熱戦でありましたゆえ、うーむメディアのいう通りの状況になるんかなあという感覚はありました(というか、それはどこかに措いておきたいほど、目の前の試合に熱狂したともいいます)。
北海道でVリーグ(当時)を目指すチームが出来る、という第一報は2016年ごろにもたらされましたが、どちらかといえば実はサフィルヴァ(のちにイエスタになるチーム)が先行していて(でもサフィルヴァはまず育成世代のチームの立ち上げからだった)、ヴォレアス誕生のニュースはそれを追って発生しておりました(ヴォレアス誕生を報じる記事にちゃんと併記してたのは、今は亡き報知の小林記者くらいだったなあ)。
トップチームを立ち上げて参戦する、ということにおいては、1~2年ヴォレアスが先行していて、という状況が、いろいろ影響してるんだろうなという感はあります。

かくして、SVライセンス判定(2度目)において、ヴォレアスはいろいろ一丸となって課題をクリアしてSVライセンスを取得、そしてSVリーグを奇数チームで組むわけにはいかんという当局の方針により、イエスタは来季もVリーグでたたかうということになりました。結局当初地元メディアが報じたとおりになってしまったわけで。「リーグでの成績はライセンスに影響しない」ということであれば(地区ぶっちぎり1位はかなりつよさを見せたわけではあるが)、課題事項もないイエスタがSVでたたかえない理由はひとつ「奇数になる」だったんか、それってどうやって解決するんか、という思いに至るわけであります。あるいは、やっぱり、いろんなオブラートに包んででも、寒冷期にさしかかるリーグで、北海道2チームが、どうしても、できぬ!ということなのかなあなどと(それは邪推であってほしいですが)。
いろいろ思いはあるのですが、遠隔Youtubeにかじりついて船橋方面を見つめたイエスタのプレーオフ(フラーゴラッド鹿児島強かったっす。すごい試合でしたっす)、この前旭川で見たヴォレアスの試合、それぞれを思い起こして、やっぱりいつかどこかのアリーナ(中立地函館とかよきですね)でSVリーグのダービーマッチが見たいという思いに進むわけであります。
あ、夏、いつかかなわなかった帯広のよつ葉アリーナ行こうと思ってます。別件ですが。
近況とお知らせ
Vリーグ界隈においては、2021-22シーズンの公式戦日程がもろもろ終了し、いまは2022-23シーズンへ向けて、それぞれのチームの「区切り」が進んでいる状況であると認識しています。このシーズンの区切りは、わたくし自身にとっても区切りであったため、それをきちんと表現しなければと思いつつ、上手く言えないやでここまで来てしまいました。それを世の中では中途半端というのかもしれないし、中途半端なままにしておいていいわけではないことはいっぱいあるので、筋道立ててちゃんと書けないことを含め、このエントリに書くものとします。

2021-22シーズンをもちまして、10年以上、ほそぼそと続けておりました、バレーボール記事を書くという役割に、区切りをつけるものといたしました。おそらく、現場の取材ということでいうと、3月の深川が一区切りということになるのかと思います。
(今季の終わりに発表されたもろもろの事案とは、直接の関係はありません)
理由はいくつかありますが、それらは微妙に1つのところで結びついているのかもしれません。
わたくし、主に近年はV2(V3)男子およびその近隣をメインフィールドとしておりました。このカテゴリは映す方向性によって、様々な見え方をします。見て、書くものとして、できるだけ(個人のすることですので限界はあるにせよ、姿勢として)広い視野と視点を持って対峙したいという思いを持って向かっておりました。長らく応援するチームの存在も、包み隠さずそこにありましたが、あくまでも自分がどのような立ち位置でそこで見て聞いて書くかということについては、その都度その都度弁えて動こうとしていたつもりではあります。地元に限らず、できるだけ多くの場所で多くの試合を見たいと思って動いていたのは、純粋に試合を見たいというのはもちろん、その場所その場所で感じられるその場の持つものを感じたくもあったからです。
数年前から、遠くへ行って、行ったあとの体力の維持に限界が感じられるようになりました。地元でみられるものがかなり増えたこともあり、主に飛行機を使った移動を伴う行動について、厳選を考え始めました。無茶納めとしては「留萌に行ってから学連対抗」というのがあったなあなどと…というのはともかく「その場に赴くことでではなく出来ること」についてじわじわ考えを巡らせるようになりました。その一環として、下手の横好き、的に、絵を描くようになった(ちょうど、2018年頃、こちらで大きな地震があった頃だったと思います)のですが、前後してコロナ禍に伴い、そもそも出かけることも、出かける先もなくなった、という時期を迎えました(出かけずに愉しめることを模索し、前々からほそぼそとみていたものを愉しんだらハマった、の件につきましては、ここでの言及は控えますが、ついったーなど見たら一目瞭然だと思われます)。
2020-21シーズン開始前から、リモート開催で取材が可能な箇所もありましたので、主に地元での試合やイベントを中心に、ほそぼそと現場に赴かせていただき、その場の状況を捉えて伝えることに努めておりましたが、こと最近は、自分の中での視点の幅がだんだん狭くなってきたこと、それを素材として書くには微妙な感覚にあることが、文章やしゃしんに現れて来たと感じることが増えました。
更に、記事を書くことと、徐々にフィールドが広がってきた絵を描くこととで、自分の遣える時間の配分に苦慮し始めておりました。それぞれに注ぎたい力があれど、どちらも中途半端になるのはそれでいいのかなという気持ちはつよくありました。V2(すでにV3はカバーしきれず)のチーム数は15におよび、地元に来るチームを追うだけでは全数をカバー出来ない(そもそも開幕戦の日に旭川に行く特急が遅れて早速初ゼルバ頓挫した)うえに、地元で見るV2だけがV2の景色ではないことを意識していながら、なんとなしに落ち着かない気持ちになったりもしておりました。

それぞれの場所でつよい気持ちと熱い願いを持ちながらそこに居合わせる方々を見ながら、オノレに「じゃあ、どんなふうに」という問いかけをしていた感があります。現場がしばらくなかったことでしゃしんの感覚が前に進まなくなってしまいましたし(それはでかかったなあ)。
しばらく道なりに、そこにいるのかいないのかわからない存在でありながら、どこからともなく見つめるものを見つめ、表現するものを表現する、しばらく、そんな暮らしをしていこうということにいたしました。
ここまで、あらゆる局面で、それぞれにお世話になった方々に感謝しております。何かしら、そのままになっていることがないか、確認しながら、整理して徐々に進んでいこうと思います。
これからまた追記があったりするのかもしれませんが、さしあたり。
ふしめについてふしめがちに。
なぜこのタイミングでわたくしのしゃしんへんしゅうきのうがどうにもこうにもなっていないのかについてものをいいたくなりながら、かろうじてこのブログに残っているしゃしんをただひもといている。





























ごくごく最近拝見したのは、1月の旭川であった。
今季は開幕以来、年内にサンガイアを見られる機会がないままここまできた。ちょうど、1月の土曜に旭川、日曜に札幌という日程があって、土曜日は久しぶりに観客のひとりとして旭川に赴いた。朝が早かったので、えらく緊張した。
チームにおおきな流れが来つつあるなあとはなんとなくそんな感覚があった。結局この発表を経て唯一チームに残ることになる(入ったばかりだけど)堀がサンガイアでセッターとして出たのを見たのもこの日が最初だった。

この日はエンドの席で見ていて、はまさんの出場機会はネットの向こう側にいたときだった。やきつけるように、あかいひとたちの幟をバックにセットを上げているのを見ていた。試合自体は、総じて、対戦相手のヴィアティンに、勢いとつよさがありすぎた。そういう試合だった。
2月にもサンガイアは旭川にやってきたが、そのときは、札幌が雪で埋まっていて出かけられなかった(旭川はそうでもなかった)。
3月の最終戦、わたしは深川でこっちの最終戦を追っていたのだが、遠く蕨でのしゃしんを見て、「…なのかなあ」となんとなく感じ入った。その時点でことばにされていたことと、ことばにされていなかったことと、様々な思いが、現地のしゃしんを見てさーっと流れた。かなりいっぱいいっぱいギリギリの状況の中で、そのことだけは心にしまい込んでいた。
おつかれさまでしたとありがとうございましたの他に適切なことばがあるのかどうかがわからないのだけど、まずは。
ずっとずっと、我の傍らにはこのメッセージがあった。その「ずっとずっと」について、自分の中でのふしめも固まりつつあるので、それは稿を改めて近々と思っている。
10年経過、あるいは半年ぶりの
はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと」

先週、皇后杯、天皇杯の取材で、土日2日続けて東海アリーナにお邪魔していた。このブログはしばらく(半年空くのはたぶん初めてだ)更新が出来ずにいたのだが、その間に誕生した女子のアルテミス北海道も取材した。アルテミス北海道はとても魅力的なチームだが、誕生してこのかた、まだ、観客を入れての試合が出来ていない。1日も早く、実現すればいいのだが(皇后杯いらっしゃるかたが最初になるのかな)。
その先週、ふと思い出したのだが、わたくし、東京から、生まれた札幌に戻って、今月でちょうど10年になっていたのだ。10年前といえば、関東大学1部(だけじゃない、2部も3部も場合によっては4部も)を勢いよく見ていたので、札幌で今みたいにバレーを見られなくなったら、何をどう楽しめばいいのだろうか、ということを、割と真面目に考え込んでいた。北海道でもバレーボールが見られるきっかけを、こちらの方がいっぱい教えてくださって、いろいろなカテゴリでバレーボールを楽しむきっかけを作ることが出来て、そこから現在に至るのだが、まさか、道内で体がいくつも欲しいという状況に、Vリーグの主戦場で直面することになるとは、夢にも思わなかった。
きょうは旭川、明日は苫小牧、と、旅の人みたいになることにしたのだ。きょうは、朝早くJRで旭川に向かったものの、対向電車の事故に伴い、深川駅の手前の踏切のあたりで2時間以上足止めになって到着が遅れ、第1試合が見られなかった、という、よきせぬしょっきんぐなことがあったんだが、なんとか第2試合は見ることが出来た。今季ヴォレアスに加わったハマショーは、10年前の秋、千々木主将の中大優勝を最終戦で阻んだ国士舘の中心選手であった。というようなことを、試合が終わって会見が終わって突然思い出したりしてた。
なお、今季はV2のチームが多すぎるのと、北海道でのホームゲームがかなりいっぱいあるのと、リーグ中に本場所が3回あるのとで(ぇ)、わたしの予定はけっこう怪しげである。バレー見られなくなったら何を楽しみに、というのが、9年経った去年のコロナ禍の中で顕在化し、開催していてテレビで見られる大相撲を見る楽しみが、40年来潜伏している意識の中で呼び起こされて、中央競馬の新潟と並んでひとつだけ未踏の地であった「九州場所に行く」というのを急に叶えたくなってしまったのである。初めて「贔屓にしている力士が関取になる」というのを目の当たりにして、しかもその初陣が九州で、という状況に至り(ついでに新潟県出身だ)。ことしは絵を描いて描いた絵をコンペティションに出すという初めての経験もあったし。
まあいろいろあるが元気でいる。明日は苫小牧である。苫小牧開催なのにげんちゃんさんが監督として凱旋できないのは大いに不満の残るところではあるが(というか年内サンガイアが見られないというのと、カピオもこちらのホームとかぶるというのとで、かなりさんがいあーとしては難しいシーズンなのだが、今季のサンガイアはとても気になる)、それはそれとして行ってくる。
結局変わっているんだか、変わっていないんだか。北海道には慣れてきたけど、まだ慣れない。そんな10年だったのかもしれない。
とどまることも、すすむのうちだ。
3ヶ月、ここに何も書けずにいた。だるめるさんはnoteに移行した説が流布したとかしないとか聞いたとか聞かないとかだけど、それは正しくて正しくなかった。バレーで空を飛ぼうとしていたのは流れて、密やかに、あるいは大手を振って、国技館で相撲を見て帰ってきたりしてて、その後チャレンジマッチは自宅で詳細を確認しつつ臨戦態勢を敷こうとしていたのだが以下略とか、今日のもっと至近で聞いたお知らせを見つつ以下略とか。
正直、自分がどこに立っていてどう見聞きしていればいいのかよくわからない。わからないなりに、動いていることは伝わる。だから、表題のとおり、という結論に至るのかもしれない。

関連?思い出したる、ある、始まり。