/ja あやつる YmrDhalmel

バレーボールを見た記録が多いです。主に北で、たまに南で。

走り出す。北海道のバレーを追う

学生の頃から、将来はメディアで仕事をしたい、と思ったことは何度となくあったが、結局、それを第一のメシのタネにしたことはない*1。理由はいろいろあるが、ああ、そういうことだったのかもしれないな、と、コロナの折に読んだもので気がついたところはある。

と言いつつ、メディアのためになにかを書くようになってから、気がつけば10年を過ぎていた。実感したのは、上場さんがサンガイアに復帰したと識ったときだったかな…などと。(↓これは10年前)

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このときは東京で暮らしていたが、翌2011年の秋、わたしは札幌に戻ってきた。バレーボールとは直接関わりのない、いくつかの理由によってである。北海道では、東京でそうしていたようにはバレーボールをあまりアクティブに見られないのだろうと思っていた。以前、このエントリあたりに書いてた記憶はある。

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2016年にヴォレアス北海道が出来て、翌2017年にサフィルヴァ北海道もVリーグを目指して活動を開始した。それぞれのチームの有り様、コンセプトはかなり異なるが、それぞれに歴史を重ね、昨年はV-THEATERで相まみえ、いろいろあって、今季はともにV2で戦うということになった。北海道でバレーボールを見ていて、ここまで、Vリーグの男子のにばんめのカテゴリ、が注目されたこと、あっただろうかなと思ったり。

いろいろのいちぶ↓

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札幌に引っ越して北海道を拠点にし始めた頃には想像ができなかったことが、最近起こっているなと感じる。地元の新聞やテレビ局などのメディアが、非常に熱心に*2各チームの動向を伝え、それこそヴォレアス始動の折に、初めて地元メディアの方々と同席し、そのとき「新聞の方々は、どうしてそんなにマメに取材対象に生年月日を訊くのだろう」と素朴な疑問をいだいたことを思いだしたが、最近はそれにもちょっと馴れたかな…と思っている。

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のちにサフィルヴァ入りする東海札幌・阿部誠樹主将と対峙するサフィルヴァのブロック(2019.8天皇杯北海道ブロックラウンド)

こちらで、他のバレーボールのメディアが少ない場所で、いわゆるもともとのバレーボールファンが少ない*3ところでメディアにより伝えられる事象を、どう捉え、伝える者としての自分の立ち位置をどこに置いて、どう伝えるか。現場に行くと、行っただけの課題感はある。テーマはどんどん増えていくし拡がっていく。だから、日々、面白く、この場所で起こる事象を見聞きし、自分なりの(勿論メディアの立ち位置とバランスを取りながらの)スタンスで伝える、ということに、例年にまして充実感を抱いているところなのではある。

この間に、V.LEAGUEの開催方針は発表されたが、V2男子の日程発表は後日となった。13チームあって、それがどーいうくくりで動くのかは後日わかるということにはなるのだが、開幕週に水戸で、11月の末に北ガスでV2の試合があるということは、ほんのりとわかった(あと判明しているのは1月末の碧南=こちらはV3との共催)。どのチームもきちんと移動でき、試合がおこなわれるのであれば、かなりの日程を北海道で見られるということになるのだな、と。「バレーボールは遠くに見に行くものである」という皮膚感覚で過ごしていた頃からすると、それこそ隔世の感がある。

素直に、すげーなー、と思っている。V開幕までの予定はことごとく流れてしまい*4、今はVの開幕を待つばかりではあるが、それにしても、だ。何らかの形で役に立てること、立つために動けること、あるんだろうなと、身の引き締まる思いである。なんとか体調を維持しながら過ごそうということではある。

*1:第三でもない

*2:熱心すぎて、正式発表前にサフィルヴァのV2格付けを伝えたり、V機構による日程発表会見の予定を伝える第一報がこちらのテレビになったり、で、ちょとドキドキはしたが

*3:少ないとはいえ、いらっしゃるところにはいっぱいいらっしゃる

*4:もうひとつ希望を持ちつつも未定の事案はあるが…いばらきけんほうめんをくちあけてながめながら

『変革』のすこし前~雑に、考えを巡らせていたこと。

きょうは休業日だった。

今月までは、新型コロナウイルスの絡みで、若干シゴトバの人数を減らしながらの運用であって、わたしにも、きょうを含めてあと2日、シゴトバで割り当てられた平日休みがあるという状況である。

んだもんだから、レギュラーの通院を持っていこうとしたら、朝イチ(9:00)で、といわれたので、朝イチで行って、早々に終わった。確か、2019-20シーズンの写真集が15日に発売されている(らしい)ので、と、どこか本屋さんで覗いてみようと思ったら、9:30から営業しているところがあって、覗いてみたらあったのでちょっと見たら良さげだったので、そのまま買って帰った*1

家に帰る途中で、サンガイアが新体制とスローガンを発表していたことを識った。手許にあって読んだ本だとか、最近内外で見るリアクションだとか、いろいろアタマをよぎった。

www.tuvb.jp

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上が、チーム公式から出たリリース、下はそれをもとに誰かが書いてバレマガに出した記事。

2019-20シーズンを終えて、かなり多くの選手がチームを去った。選手が入れ替わっただけではない、ここでチームの中心として名前が出てくるひとも、かなり入れ替わった。実はチーム公式には新監督他チームスタッフは早めに出ていたが、主将副将人事はなかなか難航した、のか。

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実はちょとびっくりしたのが副将でしたとここには書いておく。

何度書いたか失念したが、ほんとうに2019-20シーズンのサンガイア、かなり難しいシーズンだったのだ、と、見る者の一人として勝手に思っている。連敗連勝を繰り返すツラ相撲に終始していてなかなか勢いに乗れなかったこと、選手起用や交替の(ひとやパターンの)固定化に伴って何処となくチーム全体で戦って切り拓いていくぞという感覚が薄くなってしまったこと、どこかで空中分解しかかったこと、終盤、厳戒のカピオで「せめてなんとか締めよう」という機運になりかけているところを見られたものの、最終戦が中止になってしまったこと…個々にはいろいろ思うところはあるのだが、きょう読んだ本の感想のひとつで(実はファン感謝イベントだとか、オークションなどでも感じたのだけど)、これだけV2にもあたらしいファンが出来て、注目された状況のもと、サンガイアがチームとして、あるいは特定の選手の特定の魅力を伝える*2こととして、裾野って拡げられたんだろうか、そこ、かなり弱いまま終わってしまったシーズンなんじゃないだろうか、ということを、とても感じてしまった*3。もっとうまく伝えて伝わって……というのが、チームとしての戦いの方向性と同じところにあるのか、違うところにあるのか、よく分別できていない課題として、大きく残っちゃった感覚は、どうしてもあった。さらに、そこをどう次のシーズンに向けて打開するのだろうかと考えを巡らせていたら、在籍選手の4割がその場を離れてしまうという、開いた口が塞がらない報せが追い撃ちをかけた。

 

誰がどうであったとか、何をどうしたらというのは、具体的にすぐ出てこない言葉ではあるのだろうが(少なくとも見ている側には)、ただ、チームもチームで何らかの閉塞感を抱いていて、どうにかしなければならないと考えていて、それを新しいチームの始まりにぶつけてきたのだろう。どうチームがチームとなっていこうとするか、ちゃんと始まるのかも実はちょっと怪しい(し、少なくとも通常のシーズンに較べて突然シーズンイン、的な要素は否めないのだろう)新しいシーズンに向けて、一歩踏み出そうとしているのだということを、しみじみ感じた新体制発表だった。

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主将、副将、ほんとうにおつかれさまでした。
側面から支える立場、今シーズンのチームには、とても大切なのだと思っている。

言霊にならない程度に夏を待っている。

4年前のちょうど今頃書いていた記事を読み返していた。無性に、小川さんはどんなことを考えていらっしゃるのだろう今頃、と思ったりはした。

あの節はほんとうにありがとうございました…である。甘酸っぱいというよりはほろ苦い記憶とともに。

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*1:なお、その際に払おうとした千円札を財布から出そうとしたら、センターから千切れて真っ二つになってしまったので、その場では別のお札で支払いをしたうえで、銀行で取り替えてもらうという追加イベントも発生した

*2:それがいいことかどうかは別にして

*3:んまぁ、帯広に来て、どんだけ見られて、響いて、いじっていただけただろうか、ちょっと楽しみにはしてたんだけど…

「プレイしたい」と「プレイを見たい」と、その間に在る「無観客試合」の言い換えについて

ダンスは済まない。

まだまだダンスは済まない。

ようやく各チームが練習を再開したり、次のシーズンの「様式」についてVリーグ機構が方向性を示したり(ただし寝込むブイリーが可愛すぎて内容はアタマを抜けていく。いかん)、次のシーズンへ向けて新しい体制や選手の加入など、大きな発表が続いていたり。しかし、まだまだこの先、見えないことが多すぎる。

中止になった関東(あ、中止は関東だけじゃないが)大学春季のプログラム*1を、学連が通販してくださったので、それを注文していて先日届いた。おそらく関東のプログラムを入手したのは1年ぶりくらいなのだろうと思う。ようやく主将や体制がわかった、という大学が大半である。ほんとうにありがたいことであるが、ここに載っているほとんどの選手が、その時点で練習もままならない状況だったのだとあらためて感じ入るところではある。

ここ数ヶ月、バレーボーラーの「バレーがしたい」という叫びや呟きや心の叫びに触れている。それはこどももおとなもそうだ。したい人が出来ないということと、見たい人が見られないということは、重なり合う部分は多いが、別の次元の話でもある。

 

きょうになって、日本トップリーグ連携機構というところが、「無観客試合」の言い換えについての、案の募集を始めた。この機構の中に属するリーグが、「無観客試合」を始めることに起因するのだろうかとはあとで気がついたが、Vリーグなど、開幕がもう少し先にあるリーグを見るうえでも、それを念頭に置くことを避けて通れないのかと。

無観客試合」というのは、観客として、その場に居合わせる人がいない試合のことであると認識する。

通常のシーズンでも、現地に見に行きたくても見に行くことの出来ない試合はたくさんある。自分の見(られ)なかった試合の行方を追いながら、しばしば物思うことはある。エア観戦などと言いながら、おそらく、今まで、見られなかった試合と同じように、中継(あればラッキー)やライブスコアを追いながら、あるいは後追いしながら、考える。どんな経過であったか、何がその結果を左右したのか、勝敗や展開を決めたのはなにか、誰が活躍していたか…。

無観客試合」についても、見る(あるいは知る)手段があってほしいと思い、時間が許せばその手段に触れるのだろうが、通常時のエア観戦とおおきく異なるのは、そこには試合をする当事者、関係者、運営、メディア…しかいないわけであり、現地で見ていた人の考えを参考にすることや、ファンの目線での様子を知ることが非常に難しくなることだ。

それでも思う。観客があろうとなかろうと、試合は試合だと。

試合がおこなわれることからこそ、拡がっていくことがあるのだと。先日も書いたが、まず、試合がおこなわれるということに、高いハードルがありそうだから、今は、少しでもええ方向に進んでほしいと願うばかりなのだ。「無観客試合」であっても、その「試合」を開催することの大事さと難しさ、そして痛みを思い出しながら、これからの時間を過ごしていきたいと思っている。

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見ててねブイリー、てなことになるのかもしれない(2019年1月、つくばカピオ



 

*1:中止になった旨がはっきりと表紙に印刷されていた。つまり、学連が、中止を決めた上で、なお、プログラムを刷って提供しようとしたのだということだ。それに気がついてほろりとした

サンガイア、新しいシーズンへ

5月が終わって6月になった。昨日、日本ダービーが始まるちょっと前に、つくばユナイテッドSun GAIAがオンラインファン感謝祭と銘打ってインスタライブをやって、それを見ていた。休止していたレッスンも、次の週末から再開という。練習も始まるのか、などと。今自分が歩いている街の中もそうだが、少しずつ、日常へ、そして、次のシーズンへ向けて、進んでいるのかな、と…

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オンラインファン感の6分前に出来ました。もうちょっと色を塗るかも
ウォーターフォード、B5)

オンラインファン感には、新しくチームに加わった選手の姿もあった。ファン感謝祭ではそのタイミングでチームを去る選手に花束が贈られたりするのだが、今季を区切りにした方々には…とちょっと考えてしまったりしたわけである。絵に書いた花になってない花束を見つめながらうーむと。ほんとうに、それぞれに、バレーボールのおもしろさ、たのしさ、希望、ふくらみ、感じさせていただいたことに感謝しているし、このさきのそれぞれのありようにも愉しみがある。

ともかく新しいシーズンが始まるのだということを。これからサンガイアがどんな色になっていくのかなあという期待を持たせるにじゅうぶんな、オンラインファン感ではあった。背番号1と2をどう描き分けるか*1、という今シーズン屈指の課題を持ちつつ、あたらしいチームの中で、なにがどう作用するのか見守りたいと思っているのだ。その中には、ひょっとすると、毒だか薬だかわからんものも、含まれているのかもしれないのだが。

たぶん、少しずつ、言いたいことを言い切れなくて、言葉にしきれなくて、少しずつボタンがずれてて、というのが、前のシーズンだったのかなということを思った。次にいつどこであたらしいチームの萌芽を見られるのかはわからないけれど、少しずつ「変化」を目の当たりに出来るときを、じっとたのしみにしている。

今季は、チームが出来て、15年。

*1:絵描き歌レベルではほぼ一緒でしょ、というのは個人的な感想

「新しい生活様式」下におけるバレーボールを考えすぎている

世の中では徐々に新型コロナウィルスの新しい感染者は減ってきて、一時期は全国に出ていた緊急事態宣言もじわじわ解除され(こちらはもーちょっとだな)、休業していた各業種や店舗が再開され、学校も始まりだして、少しずつだが動き始めた感がある。一方で、夏頃まで(一部そのあとも)に予定されているイベントについては既に中止が発表されたものは多く(昨日はライジングサンの中止が発表になった。去年も天候に恵まれなかった…)、開始や再開の目処が立たないものごとは、もっと多いのだろうと邪推する。

この記事の続き的に書く。そう。この記事を読んでいたときに見た番組絡みで、Nコン*1も中止になっちゃったなあ…

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最近、スポーツの映像(いまおこなわれているものにせよ、過去の収録ものにせよ)を、この競技の形態では、開催することができるのだろうか、ということを考えながら見てしまう。それを考え始めると、中身が頭に入ってこない。

「競技はできるかもしれないが、お客さんを呼べるのだろうか」「お客さんを呼べないで、どうやって収益を上げるのか」という課題は、もちろん存在する。だがしかし、それ以前に、「その競技自体をおこなって大丈夫なのだろうか」ということが、考えるポイントとして出てきてしまう。もし、その競技自体を安全に開催できる目処が立たないのだとすれば、その先を望むべくもない。

この件については、たまに各所で雑談に至るのだが、大抵は「そういうことは考えても仕方がないから」「ことしは諦めたほうが」「ハイ終わり次の話題に」みたいに流されてしまっている。おそらく、いろいろな競技について、じわじわと策が練られ、完全にいままで通りではないにせよ、工夫をこらしてスタートしていくのだろう。そして残るのは、屋内の球技なのかなあなどと。

5月4日に発表された「新しい生活様式」およびその周辺で広報された文章を読むに、「スポーツ」として定義されたものを見ても、団体でおこなわれるようなものは論の外に置かれている。今後のイベントごとの実施方針・指針については、各自治体の広報サイトで徐々に記載されている。どこまで具体的に踏み込んでいるかはそれぞれではあるが、基本的に下記の広島県福山市福山平成大学のあるところですね)のサイトにあるような基準を以て、各所動くのであろう。

新型コロナウイルス感染予防対策に伴うスポーツ施設及び青少年施設などの施設・イベント対応について - 福山市ホームページ

公益財団法人福山市スポーツ協会主催のイベントや教室などは,屋内であれば100人以下,かつ収容定員の半分以下の参加人数であること,また,屋外であれば200人以下,かつ人との距離(2メートル)を十分に確保できることを目安とし,次の感染防止対策を検討したうえで,イベントや教室ごとに別途お知らせいたしますので,各イベントや教室のホームページでご確認ください。

  • 三つの密(密接・密集・密閉)が原則想定されないこと。
  • 入場者の制限や誘導,手指の消毒設備の設置,マスクの着用等,適切な感染防止対策が講じられること。
  • イベントの前後で休憩時間等の交流を極力控えること。
  • 密閉された空間で,大声での発声,歌唱や声援または近接した距離での会話等が原則想定されないこと。
  • イベント参加者の連絡先等の把握ができること。

だよなあ。と、思うわけである。緊急事態宣言が解けたところで、こんどは「新しい生活様式」に沿った形で、競技自体ができるのかどうかということが、テーマとして残ってしまうのである。バレーボールの会場を思い出しながら、メモを起こしてみる。

  • 1試合おこなう上で関わる人の数は、両チームの選手、スタッフ、審判、記録、運営、会場管理、(報道)、他、少なく見積もっても50人はいるのだろう。現在の各種大会のように、1つの会場で複数の試合がおこなわれるのだとすれば、100人は超えるのであろう*2
  • 屋内において、ボールを(主に手を遣って)繋げる競技である。
  • ボールを繋げるにおいて、コートの中で声を掛け合うことが前提としてある。
  • 9メートル四方の中に6人。×2。

一般入場者を伴わないにしても課題がいっぱいあるのだ、と、おおきく息を吸ってしまう。交流などがおこなえないという話の前にある、そもそも競技ができるのか、ということである。オンラインでは、どうしても、「ボールは」繋がらないのである。

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試合って、どんなふうに、始まるのだろう。

現時点で8月までに開催が予定されていた大会の殆どが中止になっている。この中には、天皇杯や国体の都道府県ラウンドも含まれている。国体の東京都予選に関しては、日程を当初の予定から延期して、無観客で開催する旨、都協会から通知が出ている。

【競技会情報】令和2(2020)年度 TVA各種競技会の中止・延期等について(5月15日現在) – 公益財団法人 東京都バレーボール協会

実施予定の全ての大会において無観客試合といたしますので、参加するチームにおかれましても、申込書に記入した監督、スタッフ、選手以外の入場をお断りし、最低限の人数で大会を運営することにご協力をお願いいたします。

 この記事の冒頭にもあるが、「チームの練習不足による怪我等の防止」という観点は、先に始まっている競技でも見受けられるし、各種大会を開催するか中止するかの判断において、重要な判断材料になっているのだなということは見て取れる。近々の大会に対しては、その基準がかなり入って、「やる」「やらない」が決まっているようにも思える。

バレーボールにおいては、Vリーグ(2019-20シーズン)が途中で終わり、黒鷲旗が中止になり、春の大学リーグが全ての学連で中止になり、東日本インカレ・西日本インカレが中止になり、インターハイも中止になった。クラブカップや、実業団9人制の大会も中止だ。

現在ボールを遣って体育館で練習が出来ているチームはいくつあるのだろう。企業、学校や自治体がその活動を縮小する中で、体育館自体が遣えない事案は、日々異なる場所で練習しているチームでも、練習体育館を普段専有できているチームでも、それなりに等しく起こっているようだ。今は(緊急事態宣言の解除具合にもよるが)、各社・各チーム、どのように対策を取りながら再開に向けていくか、という対策を講じているところなのだとは思う。

具体的に、どう対策を講じようとしているのか、もし、見る者が、そこに居合わせられるようになったら、何にどう留意したらよいのか、というところが、徐々に鮮明になっていったらいいなあと思う。今は協会も機構もチームも各団体も、それを打ち出せない状態だからこそ、さしあたり「笑顔でつないでおく」しかないのかもしれないが、ただ、イメージで繋がれっぱなしで、結局の所、このシーズンをどう過ごせるのかわからないまま、はしごを外されるのだけは、勘弁してほしいなあ。控えめに言ってそんな感覚の中にある。

おそらく、如何に試合→大会をおこなうか、については、全世界的に手探りなのだろう。手探りだからこそ、何を探って、どう模索して、何を考えていて、どういう課題があるか、というところについて、構成される多くの人の中で共有されて、ひとつひとつ解決していくような状況を望みたい。そのためにできることは何かないか、ということは、考えたい。

Vリーグとて、例年であれば日程が検討され始め、おそらく来月か再来月には発表される時期である(チャレンジマッチ延期不可の理由にもちゃんとあがっていた)。Vリーグは基本的に屋内で開催されるわけだし、じわじわと寒い季節に入っていくので、窓を開けての換気は困難を極めるだろう。試合が開催できても、観客席はゼロか、ゼロではないにせよ、本来のキャパシティの何割かは「密」を避けるために費やさなければならないだろう。現場に居合わせたいけれどそれがかなわない人は増えるだろう。

そこで、どう、ひとつひとつの試合を見せるのか、ということも、目一杯検討されてほしい。需要があるないじゃなくて、今季はどのカテゴリも需要があるんだと判断されてほしい。V1はGAORA放映、DAZNやV.TVの配信を通じて比較的多く見られるが、V2、V3はかなり少ない。見に行けない、配信はない、チームによる発信も権利云々が…じゃ、これまで(少ないながらも)V2やV3の土台を築いている、観た者による愛のあふれる発信は望めない。見る側からは何らかの対価を払える環境があればいい。でもやっぱり需要は少なくて経費ばかりかかって…になるのは、わかる、が…

考えすぎてとっちらかっている。Vリーグ開幕まで半年弱あるが、いや、半年弱しかないのである。せめて、開催する側が何を考えて、何に悩んでいるかがわかるだけで、違ってくる感じがする。そこから「じゃあしょうがないね」「こうしたらいいんじゃないかな」が出てくるように思う。結局、そうならないような気持ちはあるんだが…と極力口に出さないようにしながらこの稿だけは締める。そして、できることはやる。極力外に出ず、手を洗い、適度な運動をして、夜になったらよく寝る。

*1:NHK全国学校音楽コンクール。この中の人も中高で参加し、中3の折には札幌でさんばんめになり、スタジオ収録を経験した

*2:1コート1試合で進むであろうVリーグはさておき、国体を含め多くの大会では複数コート同時進行である。春高など想像するともう