エースはひとりで屹立するわけではなく
そもそもバレーボールにおける「エース」って何よ…とか、それはきっとポジションのことをいうのでもなく、実は役割のことをいうわけですらないのだろうとか、いろいろ物思う。
本日至ったひとつの着地点を書き留めておく。おそらく…
そのチームを見守る者*1が最終的にその祈りを捧げ、願いを込めるその先が、エースと呼ばれる存在なのだ。
今の時点では、そういうことなのかな…という感じである。
たとえばマリオで音楽が切り替わってハイスピードになってマリオが口から何かを吐き出しはじめるようなターン。試合の終盤、それこそファイナルセットに至ったときあたりに感じるような何か。そこで前のめりになって決めていく存在。
勿論、そこにチームがかける重みの全てが集中するわけではない。あくまでも闘っているのはチーム全体でであるのだが、その中からも「願い」はうねるのである。
東日本インカレでご一緒した方に「ひとりにしない、ならない」というキーワードを多々いただいた。おそらく、上手く回転するチームというのは…
気がつくともう7月で、東体からもう1週間経っちゃっていた。もう少し前を向いてぶいぶい言わせられそうな心境になったら、もっと掘り下げて考えたいし書きたいし。秋が待てないし。
*1:その立場にはいろいろあるが